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 フレンチは、罪人の死刑執行に立会う『名誉職』のひとりである。フレンチはこの職を誇りに思い、自分を英雄のひとりのように思っている。しかし、それは彼が心から思っていることではなく、彼が意識的に努力して思っていることである。

 処刑の準備が行われる間、フレンチは「死」に向かう人間への好奇心から、罪人を詳しく観察した。罪人は椅子に体を縛り付けられ、体も頭も動かすことが出来ない。忙しなく動いているのは、罪人の目、のみである。その罪人の目は、目の前の光景をすべて覚えておこうとするような、何かを探すような、必死さがあった。


 背後から罪人の頭に囊(ふくろ)被せられた。罪人の体は、革紐に縛られ固定されているにもかかわらず震えている。それは注意深く観察しないと発見できないほど微かな震えだが、フレンチは確かにそれを目撃した。


 死刑が執行された。それは一瞬だった。室内に、髪の毛や皮膚が焼けた、何とも言えない臭いが充満する。

 処刑後、フレンチは自分が「何か重大なもの」を忘れてしまったことに気がついた。それは、とても恐ろしいもので、思いださなければいけないものである。それを思いだすことができれば、フレンチは「自分」というものも、自分の「生活」というものも、すべてわかる気がした。しかし、フレンチは思いだすことが出来なかった。


 彼が忘れてしまったものーーそれは、罪人が頭に囊を被せられるまで見せていた、目だった。その目には、彼以外の人間が決して知ることの出来ない感情を宿していた。罪人の目は、無意識のうちに救いを訴えていたのである。フレンチは、罪人のその感情を読み取っていた。しかし、その場に居合わせた他の人間と同じように、好奇心に流され、「罪人を処刑した」という事実だけが記憶を支配し、「重大なもの」はすっかり忘れてしまったのだった。






(個人的感想)


 罪人ーー社会的な「悪」にどう対処するかを考えさせられる。罪を犯したものは罰せられなければならない。しかし、罰を施したところで何かが変わるのだろうか。他に損害を与えたのなら、己が受ける罰によってそれは償えるのだろうか。それはあくまで外面的事柄であって、内面的には何の作用も及ぼさないのではないか。外面が整えば、内面は荒れて乱れていても構わないのだろうか。自分がそれを確認できないからと言う理由で、「確認すべきか」という疑問や葛藤すら生じないまま、「済んだこと」「終わったこと」にするのだろうか。

 では、「罰」ではなく「救い」を与えたらどうなるのだろう。勿論、無罪放免というわけにはいかないだろう。社会的な罪を犯したら、社会的な罰は受けなければならない。しかし、それとは別に「償いの道」を与えることで両者にとって「救い」が与えられることはないだろうか。

 「救う」ことと「許す」ことは、まったくの別物である。元来、人は他を罰するのでははく、救うことを本能的に求めているのではないだろうか。罰を与えるのではなく、償いを与えることで、罪を犯した者と犯された者は、長い時をかけて救われるのではないだろうか。

 表面だけを綺麗に整えたところで、内面はいつまでも汚いままである。この内面の汚れを落とさない限り、いつまでも心の内には憎しみや虚しさといった嫌な感情はなくならないだろう。瞬間的な心の安らぎは外面を整えれば得られるだろうが、その瞬間が終わると、残るのは内面に残った汚れである。それを無くすためには、償いによる救いと、長い時間が必要ではないだろうか


# by kazenoyukumama | 2020-03-30 10:56 | 読書

愛情の間食

 精神が不安定になった時ーー例えば、漠然とした恐怖や不安、醜い劣等感や嫉妬を抱いた時、私の脳裏に、一枚の絵が浮かぶ。それは、イギリスの画家エドワード・バーン=ジョーンズの『愛』という作品である(『「天使」の名画  平松 洋 著』)。赤とピンクが混じり合ったような色の大きな翼を生やした天使ーー私には女神にも見えるーーが、美しい弓を大事そうに握りしめがら、正面を見ている。その表情は、すべてを許し、受け入れるような寛容さを感じる。翼と同じ色をした天使の髪と唇、足元に寄り添う女性達の衣服、背景の花ーー作品の大半を占めるその鮮やかな色から、あたたかみも感じる。
 解説によると、この絵の主題は「壮大な愛の具象化」だそうだ。天使の頭上には、ダンテの『神曲』の一節「愛は太陽もほかの星も動かす」と書かれている。

 この絵が頭に浮かぶと、私はまるでこの天使の翼に守られるように包み込まれた気分になる。すると、禍々しく激しい勢いで私の精神を支配しようとしていた恐ろしい感情が、スゥーッと消えていくのである。それが無くなったかと思うと、今度は逆に、あたたかく穏やかな気分が湧き水のように溢れてきて、私を優しい気持ちにするのである。

 私はつい、「他人から愛情を得たい」という欲求が生じやすい人間である。それ自体は、人である以上当たり前の欲求だと思うが、私の場合はその度合いが強く、「欲するだけの愛情を感じられないと勝手に失望する」という厄介な悪癖までついている。家庭機能不全の環境で育った人間は、そうでない家庭で育った人間と比べて、多くの愛情を欲する傾向があるーー人並みの愛情表現では、「自分が愛されている」と感じられないらしい。そういった人間は、「愛情の間食」となるものを見つける必要があるそうだ。

 私にとってそれは、「壮大な愛を具象化した天使」の絵であった。


 この絵に出会ったことと、作者エドワード・バーン=ジョーンズ、そして素晴らしいきっかけを与えてくださった平松洋氏に、心から感謝したい。

# by kazenoyukumama | 2020-03-26 22:25 | 日記


 ぼくの脳を返して ロボトミー手術に翻弄されたある少年の物語』は、著者ハワード・ダリーが自分の過去を振り返り、そして「自分の身に起きた真実」を追求した、長い旅の物語である。自分の生い立ち、家族、実母の死、養母、精神病院や養護施設での生活、ホームレス時代、結婚、就職・・・・・・といった、著者が経験してきた想像を絶する人生を、詳細且つ赤裸々に語っている。

 




1.ロボトミー手術は養母によって仕組まれた


 著者ハワード・ダリーは、1960年ーー彼が12歳の時に、経眼窩式ロボトミー手術を受けた。経眼窩式ロボトミー手術とは、アイスピックを使って眼窩(眼球がおさまっている窪み)底部に穴を穿ち、前頭葉に沿ってアイスピックを前後に動かして前頭葉を破壊する手術である。

 なぜ、ハワードはこのような手術を受けたのか? それは、ハワードの養母ルー「自分の言うことをきかないから」という理由で、ウォルター・フリーマン博士の診療所を訪れたのが始まりだった。養母は、フリーマンのもとを訪れる前に、数人の医師や児童福祉課の職員にハワードのことを相談していた。しかし彼らは、「ハワードには何の問題もなく、寧ろ問題なのはあなた(養母)のほうだ」と指摘していた。その診断に納得出来なかった養母は、アメリカで初めてロボトミー手術を行い、これまでに数千件のロボトミー手術を施してきた、ウォルター・フリーマンに救いを求めたのである。

 フリーマンは養母と何度か面会をし、面会時の様子や内容を細かく記録した。養母がフリーマンに話した内容は、ハワードがどんな悪事をするか、彼が自分にとってどれだけ不愉快な存在であるか、どれだけ自分を苦しめているかなど、「事実」「誇張」「偽り」を織り交ぜたものだった。養母は、何が何でもハワードを「悪者」にしたかった。

 フリーマンは、養母だけでなく、ハワードとも、彼の実父とも面会をした。数回、ハワードと面会をしたフリーマンは、この時点では彼にロボトミー手術を施す気はなかった。フリーマンの目から見ても、ハワードは「問題のない子」だったからである。しかし、ある日、面会に来た養母が、「このままでは、いずれハワードは私に危害を加える」とフリーマンに訴えた。ここで初めて、フリーマンは養母にロボトミー手術の話をする。


 「ロボトミー手術をすれば、ハワードの状態がよくなる」と。


 養母はフリーマンにロボトミー手術を依頼した。手術には父親の同意も必要なので、養母はハワードの父を説得し、手術同意書にサインをさせた。こうして、ハワードは12歳という若さで、ロボトミー手術を受けることになったのである。

 手術の前に、ハワードは自分が施される手術について何も説明されなかった。「検査のため」とだけ説明されて入院し、そのまま手術を受けたのだ。手術について彼に詳しい説明が行われたのは、手術の後である。フリーマンの手記によると、手術の説明をしたときのハワードの様子は「何を言われているのかよくわかっていない様子」と記されている。

 



2.ロボトミー手術とそれが広がった背景


 前頭葉は、「人間らしさ」を司る脳と言われている。何かを思考したり、計画したり、我慢をしたり、創造したり、他人に共感したり、他者とコミュニケーションをとったりするといった、人間が社会で生きていくために必要な能力を発揮するために重要な部位である。ロボトミー手術というのは「人間が人間らしくあるために」重要な部分を破壊する、恐ろしい手術である。ロボトミー手術を施された患者は、精神病院や施設からは一生出られないーーまともな社会生活を送れなくなってしまうのである。

 しかし、この著書の作者ハワード・ダリーは、12歳でロボトミー手術を受けた。拘置所、精神病院、養護施設などを転々とし、犯罪を犯し、ホームレスにるという人生を送ってきた。しかし、後に彼は大学を卒業し、スクールバスの運転手として就職した。愛する女性と結婚し、子供にも恵まれている。更に彼は、ラジオに出演し、本まで出版した。ロボトミー手術を受けた患者で、このような社会生活を送っているのは、アメリカで数万件あるロボトミーの症例のうち、ハワード・ダリーただひとりだけである。

 専門家は、ハワードがロボトミーを受けた年齢が12歳という若年で、脳が成長途中であっため、普通に社会生活が送れるのではないかと言う。傷つけられなかった脳が「順応」して、本来は前頭葉が担う働きを他の脳の部位が補ったと言うのだ。非常に珍しいケースだが、そういった症例はあるそうだ(生まれつき脳が半分しかなかったにもかかわらず、「脳の順応」のおかげで、存在する脳が、存在しない脳の機能を補い、普通に生活していた子供の例がある)。


 ロボトミー手術は、「統合失調症やうつ病、不安障害などの精神疾患を改善するための手術」として広まった。アメリカの第一人者は、ハワードを執刀したウォルター・フリーマンである。

 本書によると、当時、精神病患者は米国中の病院に溢れかえるほどいたそうだ。



 一九四〇年代後半には、病院や保護施設に入所する精神病患者の数は百万人を超えていた。入院患者の五五%以上にが精神病患者だった計算になる。ある調査は、精神病患者の増加率を年八〇%と報告している。
 現実的な治療法はなかった。投薬、手錠や拘束着の使用、保護室(ラバールーム)への隔離といった対応策しかなかった。医師には彼らの自傷行為や他人への危害を防ぐことはできても、病を治療することはできなかった。
 しかも、彼らを入院させておくには膨大な費用がかかった。フリーマンはこの悩みに解決策を提供したのだ。


 第五章 フリーマン博士 より引用

 


 ロボトミー手術は、医療界では賛否両論であだったが、メディアの「ウケ」は良かった。



 新聞は例外なくフリーマンの功績を讃えた。彼の行いは、「精神外科治療が矯正を可能にした」「五十人の躁病患者の正気を回復した驚異の手術」「抜歯手術と大差はない」といった見出しとともに報じられた。

 これはタブロイド紙の話ではない。ニューヨーク・タイムズもフリーマンの手術の成功率を讃える記事を掲載している。記事の見出しは「革新的な治療法、精神病患者を救う」で、記者によると成功率は六五%となっている。


第五章 フリーマン博士 より引用

 


 溢れかえる精神病患者と、メディアの報道により、ロボトミー手術は爆発的にアメリカに広がった。しかし結果は、精神病に苦しむ患者やその家族を救ったとはとても言い難い。中には、手術によって悩まされていた症状はなくなったものの、言動が子供のようになってしまった患者もいる。患者当人は幸せそうだが、その患者の娘は、「自分の母親が何処かへ行ってしまった」と悲しんだとそうだ。





3.旅の終わりで得たもの


 ハワードは、愛する女性と結婚し子供にも恵まれた。しかし、ハワードの収入は生活保護による僅かな金と、妻のパート収入だけであった。とても家族を養っていける余裕はない。今まで他人と「対等な関係」を結んだ経験も、まともな仕事に就いたことがいたことがないハワードだったが、「変わるときが来た」と決意し、スクールバスの運転手の職に就いた。



 一般児童を乗せることもあれば、特別学級の児童を乗せることもあった。後者の方が私は好きだった。一般児童は幼稚で、手のつけようがなかった。特別学級の子かと勘違いするくらいだが、実際は、特別学級の子はそんな風に暴れたりしない。

 (中略)

 特別学級の子たちに自分を重ね合せていたわけではない。ただ、共感は出来た。彼らを見る度に胸が詰まった。この少女は結婚することも子どもを持つことも出来ないんだな。この少年はマラソンもジャンプもバスケットボールも出来ないんだな。


第14章 旅 より引用 



 「共感」には人を救う力がある。共感は、他人と「」を結ぶきっかけであり、人との絆は孤独感を癒やし、気持ちを前向きにする力になる。

 ハワードは、ずっと「自分は他人から理解されない存在」だと思って生きてきた。幼い頃から想像力が豊かで感受性が強く、いつも何かに怯えていた。養母と暮らし始めてから彼は常に「悪者」にされ、養母と実父から暴力を受けてきた。心にいつも寂しさを抱えていた。「手術」を施されても養母からの愛情はもらえず、精神病院や養護施設に入れられ、他人との対等な付き合い方を「学ぶ機会」を与えられず、時間だけが過ぎていった。

 しかし、他人に共感することで自分が抱える孤独感が薄れ、精神的に安定し、プラスの方向に物事を運ぶことが出来るようになっていった



 私は彼らと一緒にいるのが好きだった。どんどん親近感が増していった。何しろ週に五日、バスで会うのだ。一年間ずっと、おそらくは次の年も。段々彼らのことがわかるし、好きになってくる。一般児童に対してはあまりそういう感情は湧かず、殆どの子に興味がなかった。

 安定した暮らしだった。仕事があり、健康状態も改善され、頭の中もスッキリしている。人生について、自分の身に起きたことについて、以前とは違う観点から考えるようになっていた。つまり、感情的にではなく、分析的にと言う意味である。

 (中略)

 これは私自身にとっては勿論、周りの人にとってもいい変化だった。バーバラの姉のリンダがドラッグで捕まって拘留されたときには、面会に行こうと思い立った。ドラッグのことは多少知っているし、拘置所についての知識ならたっぷりある。きっと力になれるはずだ。



第14章 旅 より引用



 気持ちや生活が安定してくると、ハワードは自分の過去を振り返ることが増えた。「何故、自分はロボトミー手術を受けたのか」「どうして自分だったのか」という疑問が浮かんだ。ハワードは術後、自分が受けた手術について誰かに相談したことはなかった(フリーマンにもである)。

 ハワードは「自分に何が起きたか」ーー真実を知るため、ロボトミー手術やフリーマンについて調べ始めた。そして彼は、あるウェブサイトを見つけた。そのサイトは、「ロボトミーをはじめとする、人格を変えることを目的とした精神外科療法について議論する」ために開設されたサイトだった。ハワードはそこで知り合った女性から、デイブ・アイセイという名のラジオ・プロデューサーを紹介される。デイブは、フリーマンに関する番組制作を計画していた。


 2003年の秋、ハワードはピーヤ・コーチャーというデイブの仕事関係者の女性と連絡をとった。ハワードの話を聞くため、デイブとピーヤはニューヨークから飛行機で、遠く離れたハワードの自宅を訪れた。最初はフリーマンを中心とした番組内容で、彼の手術を受けたハワードの話を聞きに来たふたりだったが、彼の話を聞いて目的を変更した。ふたりは「ハワードをメインとした番組」にしたいと、ハワードに提案した。ハワードはその提案を受け入れた。

 番組の内容は、ハワードが、ロボトミー手術を受けた患者の家族や、医師にインタビューするというものだった。フリーマンの3人の息子にもインタビューをした。そして、最後には自分の父親にもインタビューをしている。

 ロボトミー手術を受けた患者だけが観覧を許される、手術記録も彼は目にした(観覧に訪れたのはハワードが初めての人間である)。そこには自分が知らなかった事実ーーフリーマンが記録していた面接時の内容の手記、手術を依頼したのが養母であること、自分のロボトミー手術の時間はたった10分間であったこと、手術中、目を覚まさないために電気ショックを数回受けていたこと・・・・・・術中に撮影された、子供の自分の頭にアイスピックが刺さっている写真もあった。


 「インタビュアー」という客観的な立場でロボトミー手術と向き合ったことで、ハワードは自分に起きた出来事を冷静に把握することが出来た。ロボトミーによって人生が変わってしまった多くの家族と、悲しみや苦しみを共有した。当時、すべての医師がロボトミーに賛成していたわけではないことを知った。父から自分を否定されるのがーー「お前など愛していない」と言われるのが怖くて、父と向き合うことを避けていたが、インタビューすることで(しかも2回も)、父の思いを知り、しっかりと向き合うことが出来た。本書の中でハワードは、「男は父親に反抗して初めて一人前になるのだろう。私は、ただ父と向き合うことを恐れ、そのチャンスを逃していた」と綴っている。

 

 ラジオの放送直後、ラジオ局にはハワードの番組への賞賛のメールが数多く届いた。サーバーが落ちるほどだ。その事実は、ハワードを感動させた。たくさんの手紙も届いた。中には現役医師からの手紙もあった。



 「ひとりの人の医師として、ロボトミーが”一般的な”治療法として認められていたことを残念に思います・・・・・・”いんちき療法”には常に警戒していなければなりません。ですが、最も危険で、最も非道な治療法の多くが”一般的な”治療として認められている事実を、多くの人々が知らないのが現実なのです」


第16章 ブロードキャスト より引用



 養母ルーの妹の娘リンダ(ハワードのいとこにあたる)からも手紙が届いた。リンダもラジオを聴いて、感動したという。



 「あなたが元気なようで、心から安心したわ」

 「あなたはまさに奇跡よ。あの茶番が行われたとき、私はまだ一七歳だった。だからあなたについて覚えているのは、小さなあなたの当惑したような表情だけ。両親があのことに断固として反対していたのを覚えているわ。ルーおばさんにも、その事をはっきり伝えたと思う。あんなことは起きてはならなかったんだもの」

 「あなたは成功者よ。よき夫で、バスの運転手として活躍している。しかもハンサムだわ!」

 「生きていたら、おばさんも昔のようではなくなっていたはず。その事はわかってほしいの。人は年とともに丸くなるものよ。過去のあらゆる過ちを償いたいと思うようにもなる。だからおばさんも亡くなる前に、あなたへの仕打ちを後悔したと信じたい。実際、口調も優しくなって、穏やかだったもの。あなたには他人に共感し、許すという素晴らしい才能があるわ。おばさんのことも許してくれることを祈っています」


第16章 ブロードキャスト より引用



 多くの人が、「旅」を成し遂げたハワードを讃えた。

 その後、ハワードの元に出版と講演の依頼があった。彼はそれを引き受けた。

 全国後見人協会(NGA)が主催した講演でこう話している



 「悲惨な、破滅的な人生を送ってきました。理由は手術ではなく、その後に起きたことにあります。私は生きる術を学びませんでした。これまでの悲惨な人生は、私が悪人だったからでも、社会が間違っていたからでもありません。私自身が、生き方を知らなかったせいです」

 (中略)

 「私こそ、皆さんにお礼を申し上げます」

 「私はこれまで長い時間をかけて、極めて後ろ向きな人生を少しでも前向きな人生に出来るよう努力してきました。今日ここに来て、皆さんに話を聞いていただくことで、私自身が変われました。私が受けたロボトミー手術について皆さんにお話しすることによって、ようやく納得出来たのです。私はどこもおかしくなどない、一人の人間に過ぎないのだと」


第16章 ブロードキャスト より引用




 ハワードは、正真正銘の心の平穏を得たことを実感し、「人の役に立てた」「自分の居場所をみつけた」「もう自分を恥じる必要はない」と綴っている。

 そして、彼は著書の最後をこう締めくくってる。



 四十年間、我が人生はただ通り過ぎていった。私は落伍者のように感じていた。やるべき事を何一つ出来ていないと感じていた。いつだって「仕方がない、手術されたんだから」と自分を哀れみ、外の世界に飛び出して仕事を見つけ、自ら人生を築くことをしなかった。

 私は犠牲者で、その立場から一生這い上がれないと思っていた。何かある度に、ロボトミーのせいだと考えた。だが、復学し、まともな人間になろうと心を決めたとき、ようやく本当の意味で人生を歩み始めることが出来た。犠牲者として生きるのをやめようと思ったとき、やっと人生が始まったのだ。

 だが今思うのは、人はみな犠牲者だということだ。私の人生を奪おうとした人たちも、私と同様に犠牲者である。フリーマンは冷たく愛情のない両親と、不幸な結婚生活と、息子の悲劇的な死の犠牲者だ。ルーは生まれてすぐに彼女を捨てた母親と、アル中の父親と、養育費も払わずに二人の息子を育てさせたアル中の元夫の犠牲者だ。父は、父親の早世と、幼少期の貧乏暮らしと、愛する妻の死と、三人目の息子の生まれつきの障害と怪我と、ルーを二人目の妻に迎えた悲劇的な決断の犠牲者だ。父は、私のロボトミー手術の犠牲者でもあるのかもしれない。

 同じ事が、世界中の誰にでも当てはまるのだろう。我々はみな、何かの犠牲者だ。自分の責任ではないのに失敗したとき、人は、犠牲者であることを失敗の理由にしようとする。だが、こんなふに考える事だって出来るはずだ。「今よりもいい人生を送りたい、自分は今よりもいい人生を送れる人間だ。自分の力で、生きるに値する人生を築けばいいんだ」


最後に より引用



 著者は、一度も養母を恨んだり憎んだりしたことはなかった。ただ、彼女の愛を欲していた。





(以下、個人的感想)


 「情報はスピードが勝負だ」という言葉はよく耳にする文言である。情報を迅速に伝えなければ、刻々と変化する状況に対し「誤った古い情報」を与えてしまい、混乱が生じてしまうからだ。

 しかし、情報を受け取る側の人間は、その情報が「正しいものなのか」「いつのものなのか」をよく吟味して受け取らなければならないだろう。よく考えもせず、ただ流れてくる情報だけを「親切心」によって広げる行為は、後々取り返しのつかない悲劇を起しかねないのである。



 幼少期の家庭環境が、大人になってからの人格やストレス耐性などに大きな影響を与えることは、明らかになってきた事実だ。幸せなことに、私が暮らしている日本は、現在戦争もなく、餓え死ぬ恐れも、衣服や物に困ることもなく、進歩した科学技術や医療、法律など、多くのものに守られ、日々平穏に暮らしている。

 しかし、このような平和な世界の中であっても、うつ病や不安障害などの精神疾患が減少しないのは何故だろう? 子供への虐待がなくならないのは何故だろう? 機能不全家庭が生まれるのはなぜだろう?

 

 有名な医師の家系に生まれ、プレッシャーをかけられて育ってきた、フリーマン。

 実の母親から愛情をもらえなかった、養母ルー。

 父親が早くに亡くなり、貧乏で、親戚中をたらい回しにされた、実父ロドニー。


 私たちは誰しも、


 「成果を出すためなら他を顧みない」フリーマンにも、

 「『言うことをきかないから』という理由で息子を『精神異常者』にしたがり、ロボトミーの手術を受けさせた」養母ルーにも、

 「生活のためとはいえ、仕事ばかりに時間を割き、家族とふれあう時間を作らず、確かな家庭の内情がわからないまま息子の手術に同意した実父にも、


 自分が気がつかないうちに、自然と「そういうような人間」になってしまうことができるのではないだろうか。私たちのすぐ隣に、或いは「中」には、彼らのようになる「要素」があることを忘れてはいけないだろう。



 「自分らしく生きる」「自分の人生を生きる」というのは、とても難しく勇気がいることである。その時々で、自分にとって「最善の選択肢」が提示されるとは限らない。時には、「最悪の選択肢」しかない場合もあるだろう。しかし、たとえ「最悪の選択肢」しかなくても、或いは選択肢がひとつしかなくても、生きている限りはそれを選択しなければならない。それを選択したことが不本意であったとしても、私たちはそれを受け入れ、それによって与えられる未来を、できる限りプラスの方向へ修正していくよう工夫し、努力しなければならない。それは決して容易いことではなく、ひとりでは到底できることではないだろう。だからこそ、私たちは他人とふれあい、絆を深め、共に苦しみや悲しみを乗り越える「仲閒」を作る必要がある。その為には「自分はどのような人間なのか」「他人に何をしてあげられるか」「自分に何が出来るのか」、自分のことを客観的に理解することが必須だろう。



 最後に綴られている著者の言葉を読んだとき、涙が止まらなかった。なんて、美しく、飾らない、聡明な言葉だろうか。這い上がってきた人間にしか口にすることが出来ない、正真正銘の「強者」の言葉である。



# by kazenoyukumama | 2020-03-23 23:28 | 読書

 ※ この記事には、ネガティブな表現が書かれています。そういった表現に触れたくない方は、記事を読まれないことをお勧めします。



































 気がつけば、私はよく「空想の世界」に意識を飛ばし、現実から目を背け、逃げ出すことがよくある。それは、ほとんど毎日の悪習であり、私の生活の一部であった。現実の世界が恐ろしい、生きることが辛い、その感情から逃げるために、自分の「理想とする世界」へ逃げ込み、身を隠すのだ。理想の世界は、誰もが私を受け入れ、誰もが私を愛す。誰も私を傷つけず、誰も私を脅かさないーー優しくて、安穏の世界だ。空想に耽ることで、私は自分の脆弱な精神を守っていた。自己防衛の行為だった。

 しかし、逃げてばかりで、私は現実の世界を生きる力がすっかりなくなってしまった。ひどく無力な存在になってしまった。そのような、恥ずかしくて、他人には知られたくない弱みを隠すために、私は現実の世界で虚言を吐くようになった。自分を守るために。その為なら、周囲を傷つけても構わないと、自分の愚行を正当化した。そして、私は自ら吐いた虚言が真実であると思い込んだ。いくら周囲から責められても、その虚言こそが私の中で真実であり、正義であり、「絶対」であった。
 そんな愚行を繰り返して得た結果が、孤立である。自分ばかりを守っていた報酬として得た悲劇である。そして私は、孤独の苦しみから逃れるために、また「理想の世界」へと精神を飛ばすのである。

 ああ、なんて虚しい。
 ああ、なんて悲しい。
 ああ、なんて愚かしい。


 しかし、最近になってようやくこの悪循環から抜け出すヒントを私は得た。それは、「誰かの、『絶望からの生還体験』を知ること」である。彼らの強さに引っ張られ、自分も「怖くてたまらないが、”闘ってみよう”」という強い精神が、心身の底から湧き上がってくるのである。そこを出発点として、私は、「歩き方を覚えて間もない赤ん坊」のような足取りであるが、逃げるという事から少しずつ遠ざかることが出来るようになった。
 他人からしてみれば、そんなことは「当たり前のこと」であ、驚くことでも、褒められることでもないのだろう。しかし、それが出来ない、私のような人間にとっては大きな進歩なのである。







# by kazenoyukumama | 2020-03-14 13:58 | 黒歴史(笑)

人との相性

 最近、パーソナリティ障害や適応障害、発達障害、神経症、不安障害などの書籍を勉強のために読んでいるが、同じ内容でも、著者によって読者に与える印象にかなりの違いがある。
 これは、単なる表現の違いによるものなのだろうか? ある著者の本は不安と不快感を与え、ある著者の本は安心感と前向きな気持ちを抱く。精神が不安定な(または不安定になりやすい)人間は、出来れば前者のような心が乱れる状況は避けたいと思うだろう。こういった本を書くのは、精神科医や臨床心理士が多いと思うが、もしも自分を担当する医師が、自分と相性が悪く、不快感や不安を抱くようであるのならどうすればいいのだろうか? それでも医師を信じて通院しなければいけないのだろうか? そもそも、精神が不安定な人間が、自分に不快感や不安を与えるような人間に定期的に面会し、自分の状態を正直に話すという行為は、とても難しいものではないだろうか? 私だったら絶対に本音を口にしない。しかし、恐らくだが、相手が自分に与える印象がどうあれ、自分が困っている事(または症状)と向き合い、それを正直に話す事が出来ない事が大きな問題なのだろう。向き合えていれば、相手の印象に惑わされず、自分の事を素直に話せるのではないだろうか。
 しかし、運良く自分と相性の良い医師(または人間)と出会う事ができたら、例え自分の症状と向き合う事が出来ていなかったとしても、手に拳を作る事なく、自然と向き合えるのではないだろうか。
 私は、生憎そういった医師や他人と出会った事がない(これは、私の思考が極端に偏り柔軟性が乏しくなっているからかもしれないが・・・・・・)。しかし、一方では不安を抱く医師がいて、一方では安心感を抱く医師がいることを考えると、たまたま担当した人が自分と相性が悪かっただけで、「症状を改善したい」という気持ちを投げ出してしまうのは、勿体ない事のように思える。医師に限ったことではないが、人との相性は大切であるが故に厄介で面倒なものだ。いい意味で「諦める」、「割り切る」といったスキルを身につけることも大事なのかもしれない(それがなかなか難しいのだが・・・・・・)。

# by kazenoyukumama | 2019-06-09 15:23 | 日記

心に感じたことを、自由に記録していきます。このブログが、自分にとっての「安全基地」となれるよう、祈っています。